7月中旬。産卵木を保管したマットに大量のダニが沸いてしまった。いや、ダニくらい古い木造家屋ならどこにでもいる生き物だし、布団やカーペットの中にも潜んでいることは承知しているが、目に見えるのと見えないのとでは大違いだ。クワガタの体に寄生しているタイプであれば、クワガタを取り出してしまったのだからあとは餓死するしかないはずだ。にもかかわらず、こうして順調に(?)繁殖・成長しているとなれば、これはもうマットそのもの、つまり木を食って生きているとしか思えない。要するに、ケースから出てきて人間の血液を吸うとか、そういう悪さはしないはずなのだが、見た目に良くないしこのまま増え続けては嫁さんが黙ってはいないだろう。今のところはイヤイヤながらもクワガタの飼育に理解を示してくれている(んだよね?^^;)ものの、いつクワガタ禁止令が発せられるかわかったものではない。本当ならあと2週間はこのまま保管しておきたかったのだが、もし全く産卵していなかったりすると、ダニのためだけにケースを一つ保管しているという、非常にバカらしいことになってしまうので、この際さっさと割り出して、ダニの沸いたマットは破棄してしまおうと思うに至った。まぁ、コレでダメでも既に別の3本をセットしてあるので、おそらく最終的にはある程度の幼虫を確保できるだろう。
一応、ダニが逃げ出してカーペットに棲み付いたりしないよう、作業はベランダで行った。なにしろ初めてのことなので、産卵していないだろうと思っても緊張する。もし万が一産卵していて、既に孵化して産卵木内に幼虫が潜んでいるところへ、不用意に刃物を当ててしまっては幼虫は真っ二つになってしまう。割り出しの道具としては、古い出刃包丁と金槌、それにドライバーを用意していたが、力の入れ加減も何も分からずに挑戦するわけだ。緊張しないわけがない。
ケースの蓋を外し、手でマットを掘る。産卵木は♀によって樹皮をボロボロに剥がされ、見た限りでは産卵してありそうな雰囲気だ。1本目をそっと持ち上げる。・・・と、何やら白い物体が、木と樹皮の間からマットの上にこぼれ落ちる。え・・・? これって・・・? そう。なんとほとんど諦めかけていたというのに、初令幼虫が動いていたのだ。その大きさは、頭部の幅が2mm程度。体長はあっても5mm程度だろうか。それでも一丁前に幼虫の姿をしている。ハッキリ言って、感動だった。こんな条件の悪い産卵木に、良くも産んでくれて、しかもちゃんと孵化して育っていたのだ。残念ながら、このときは写真を撮っておらず、そのかわいらしい姿をお見せできないのが残念である(成長した幼虫はかなりグロテスクだが、孵化直後は本当にカワイイのだ)。
産卵木を取り出して、少しずつ割っていく。堅い部分は出刃包丁と金槌で割れ目を作り、年輪に沿って指で丁寧に剥がしていく。幼虫が食い進んだいわゆる「食痕」が見つかったら、それを追いかけるように慎重に割っていくと、その先に幼虫が姿を現わす。3本の産卵木から今回割り出したのは、初令幼虫が8頭と、卵が8コ。♀が3頭いたことを考えるとだいぶ少ない気がするが、条件の悪い産卵木でしかもセットした期間が短かったのだから、まぁこんなものだろう。発酵マットが完成するまでの間、ルアーケースに未発酵のマットを詰めて、卵と幼虫にはそこで暮らしてもらうことにした。
一方、先月の下旬に蛹化したノコギリクワガタは、数日の間を空けて2頭とも羽化を終えた。右の大アゴが下方へ曲がっていた個体については、羽化してもやはり曲がったままだった。だが、あのとき無理に治そうとしてヘンな方向へ折れてしまったことについては、特に支障はなかったようだ。野生個体で他の♂と闘争するとなれば、大アゴがかみ合っていないのは大きなハンディとなるだろうが、人工飼育下であれば日常生活に支障はないと思われる。この個体については、出勤間際に羽化を始めたこともあって、上翅がまだ閉じていない段階までしか観察できず、仕事を終えて帰宅したときには、まだだいぶ赤みが残るものの、すっかり脱皮を終え、立派にノコギリクワガタの姿になっていた。もう一頭の個体については、ちょうど自宅にいるときに羽化を始めたのでその様子を撮影することができたが、気付いた時には既にうつ伏せになっており、羽化直前の蛹の姿だけは撮影することができなかった。
ここで、
羽化連続写真をご覧いただきたい。3週間ほどの間、全く飲まず食わすで仰向けのまま寝転んでいた蛹は、突然中脚を動かしてうつ伏せの体勢になる。蛹化のときと同様に腹部を何度か収縮させると、背中から皮が割れ、中から成虫が姿を現わす。頭部および前胸部を下方に折りたたんだままの姿勢で皮を脱ぎ、体液を送り込んで上翅を伸ばす。下翅はまだしわくちゃに萎れているが、上翅が充分に伸びて背中でぴったりと閉まると、次第に下翅が伸びてくる。それと前後して、前胸部と頭部を前方に起こすのだが、驚くべきことにこの時点では、大アゴがポッキリと折れ曲がっているのだ。私は予め昆虫フォーラムで、ノコギリの♂は羽化の際、一時的に大アゴが折れ曲がるという情報を得ていたので、やきもきしながらも見守ることができたが、何も知らずにあの姿を見たら、絶対に羽化不全と判断し、手で伸ばしてしまうことだろう。まだ生乾きと思われる下翅の収納を終えた後、大アゴも正常に前方へ伸び、次第に腹部も収縮し、羽化が完了した。
蛹化が1時間ほどで完了するのに対し、羽化にはおよそ10時間を要した。完全変態の昆虫にとって、羽化が人生(?)最大のイベントであることがわかる。これからひと月ほどの時間をかけて体を乾かすわけだが、ノコギリクワガタは夏に羽化すると翌年の初夏まで蛹室内で過ごすという。ただし初夏に羽化した場合は、その年の夏に活動するそうだ。7月中旬を初夏と呼ぶべきかはなかなか微妙なところだ。とりあえずはある程度赤黒く色づいた時点でマット飼育に移行させるつもりだが、きっとまだ羽化したてなのですぐに潜ってしまうだろう。無理に刺激して餌を与えれば今年活動しないこともないが、活動してしまえば秋にはその生涯を終えることになる。かと言って休眠個体が全て無事に翌春を迎えられるかというとそうではなく、かなりの数が厳寒期に絶命するとか。姿は見たいが死んでほしくないという、妙な親心が芽生えてしまい、起こすべきか眠らせておくべきか、いま、葛藤の最中にいる。