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---その19:天国と地獄〜幼き日のMindscape---



サキシマヒラタ73mmの雄姿

OLYMPUS E-10
 前回報告した70mm前後のサキシマ新成虫であるが、体が固まったころに改めて測定してみたところ最大72mmであった。最大、というのはクワガタも生き物であるため、生きているうちにノギスにあてれば当然逃げようとして暴れる。なかなか正確な数値を得ることができないのだ。大アゴの開き具合、頭部や前胸部の曲げ具合で5mm程度は測定のたびに平気で変わってしまう。よって何度か測った上で最も大きかった数値が72mmだった、ということである。
 ところで前回、私はこの個体が他の羽化を待っている個体と比べても一番小さいと書いたが、前回羽化直前の姿を掲載した個体Aは何度測っても71mmが最大であり、決して一番小さいわけではなかった。終令・蛹のときにかなり大きく見えた個体も73mmと、実際は他の個体とほぼ同程度のサイズであった。羽化直後は腹部がだらしなく伸びきっており、これが徐々に縮んで鞘翅内に納まるので、蛹の時点でいくら大きくても、成虫になってみると思いのほか小さいということもあるようだ。確かに65mmと75mmでは見栄えも全然異なるが、71mmと73mmではその違いも測定誤差の範囲内と言えるわけで、取りたててどちらが大きいとか小さいとか騒ぐほどでもない。むしろ重要なのは全体のプロポーションや大アゴとのバランス、それにディンプルや傷のない美しいボディとなるだろう。私は前回、羽化した個体の鞘翅の合わせ目にシワが寄った個体について、人工蛹室に移動したことがトリガーになっているのではないか・・・と書いたが、結果的には天然蛹室で羽化した個体も同様のシワが見られ、ものによってはかなり目立つ個体もあった。よって人工蛹室へ移動したことによる湿度の変化が鞘翅のシワの原因というわけではないようだ。昆虫図鑑等の写真でも、大型の個体には同様のシワや凹凸が鞘翅の合わせ目にできているものが多く見られることから、どちらかというとこれは大型個体の宿命とも言えるものかもしれない。その一方、大アゴに窪みができている個体は、幸いにして現在のところ前回報告したあの一頭のみであり、他の個体はいたって美しく、ヒラタらしい凶悪な大アゴの個体ばかりである。

この凶悪な面構えがサキシマの魅力

OLYMPUS E-10
 こうして次々と新成虫が誕生している我が家のサキシマヒラタだが、中には未だに幼虫をやっている個体もいくつかある(1月下旬現在)。その中で、卵巣細胞芽らしきものが確認できることから、♀としては非常識な程に成長していたにもかかわらず、絶対に超特大の♀と確信し、そのため比較的小さな瓶で飼育していた個体がいたのだが、同様に超特大の♀と思われたいくつもの個体がみな立派な♂として羽化している現実を受けて、急遽餌交換を兼ねて大瓶への引越しを余儀なくされた。瓶越しに見てもかなり大きく育っており、この個体が♂であれば十分な広さの蛹室を作ることができず、蛹化不全になりかねない。幸い、既に何頭かの♂が人工蛹室へ移動しているためネスカフェの大瓶がいくつか空いている。市販の乾燥発酵マットに加水して瓶に詰め、室温に暫く馴染ませた後でいざ引越しだ。ところが・・・。
 悲劇は突如訪れた。古い瓶から掘り出されたショックで幼虫はいつものように糞をしたが、このとき立て続けに2回、3回としたために腸(?)の内壁が肛門から飛び出してしまった。いわゆる「脱腸」というヤツである。見る見るうちに脱腸部分に体液が溜り、まるでお尻から透明な水風船をぶら下げているような状態となった。慌ててブラウザを起動して、幼虫の脱腸についての情報をかき集める。しかし・・・どうやら脱腸した幼虫はそのほとんどが数日のうちに絶命するらしい。中には数日で治り、何事もなく羽化まで漕ぎ着けた例もあるようだが、それは極めて希である。お尻にぶら下げた水風船のために、幼虫はマットに潜ることもままならない様子だ。暫くの間どう手を打つこともできずにただ見守るしかない状況が続いたが、深夜をだいぶ回っても状況は全く変わらない。明日の仕事に備えるため、後ろ髪を引かれる思いのまま文字どおり致し方なく眠りに就いた。
 翌日、幼虫はマットに潜っていた。ただし、頭部を地表に出した状態で・・・。瓶のガラス越しに幼虫の背中は見えるが、臀部がどうなっているのかは確認できない。ただ、周囲のマットは多少なりとも口に入れている様子だった。職場で仕事をしていても、ふとした拍子に幼虫のことを考えてしまう。「今ごろはきっと完治して、元気に潜っていってくれているに違いない」と、淡い希望を抱いてしまう。一方、仕事を終えて帰路に就くころには、「どうせ治らないのなら、長く苦しむことなく早く逝ってほしい。頼むから帰ったら☆になっていてくれ」・・・などと負の考えを持ってしまう。しかし、家に着くとそのどちらでもなく、幼虫は朝と同じ場所でマットから顔だけ出してじっとしていた。
 こんなことが3日ほど続き、未だに同じ場所でじっとしている幼虫の姿を見ると、「このまま蛹化してくれれば何とかなるのではないか?」という気持ちも生まれてくる。「そうだ。このまま行けばきっと蛹化する。その前に体にシワが目立ってきて前蛹となったときに、人工蛹室に移してやれば良いのだ。そしてこのことは、立派に羽化した写真とともに、ホームページで紹介しよう」・・・しかし、脱腸から4日目の夜、仕事を終えて帰宅すると、嫁さんと子供が出かけて誰もいないひっそりとした家の中で、幼虫は青黒く縮んでその半年の短い命を終えていた。
 「死んでいてくれれば・・・」朝起きた時、仕事から帰った時・・・。何度もそう思った。それは事実だ。だがしかし、こうして改めて彼の変わり果てた姿を目の当たりにしたとき、何とも形容し難い切ない思いが胸の奥から込み上げてきたのも事実だった。ネットで知り合った方から里子にいただいてペアリングし、マッチ棒の先ほどの初令幼虫を産卵木から割り出して半年あまり。発酵マットを仕込んで毎日汗だくになって攪拌し、冬になる前に温室を組み立てて大事に育てた幼虫。加令したときの頭幅の増大に驚き、新しいマットに潜らなければ何が原因かと頭を悩ませ、彼らの一挙一動に少年の日のように感動した。仲間たちが次々と羽化していく中、間もなく蛹化に入ろうかというときに、最後の一回のつもりで餌交換したショックで脱腸し、たったそれだけのことがトリガーとなって、ここまで育った幼虫が呆気なく☆となった。まさに天国と地獄。命は儚く、そして尊い。それは人間も虫も同じ事だ。脱腸して、もはや成虫となって大空を翔けることも、♀と恋に落ちて男子の本懐を遂げ、新たな世代へ命の火を繋ぐことも叶わなくなった、ただ死を待つばかりの己の体を見て、彼は一体何を考えただろうか・・・。

 昆虫の神経は痛みを痛みとして認識しないという。そして我々人間のような喜怒哀楽も恐らく持たない。だからきっと彼は、何も分からないままこの世を去ったことだろう。しかし私は、どうしても彼の姿を自分に重ねて考えてしまうのだ。
 昔から・・・。子供の頃からそうだった。ネズミ取りに捕まったネズミやゴキブリホイホイの中で身動きが取れなくなったコギブリを見ては、放してやりたい衝動に駆られて仕方なかった(でも、クモだけは別^^;)。それだけではない。壊れたおもちゃを捨てるときや、夏休みに家族と出かけた旅行先で、旅館にお絵描き帳を忘れてきた時など、捨てられて、もしくは置いていかれて一人ぼっちになってしまった「彼ら」に感情移入してしまい、どうにもやりきれない気持ちでいっぱいになった。つい昨年も、新幹線の中に脱ぎ忘れて来た安物のジャンバーを、同じ物が買えてしまうほどの金額を出してまで回収した。こういう姿を見て、両親はきっと「大人になりきれていない」と言うだろう。確かにそうかもしれない。だが、こんな自分になってしまった原因は、おそらく父にあると思っている。
 あれは、確か私が5才のときだった。当時私は横浜に住んでおり、既にこの頃から動植物が大好きだった。近所に住む人々は年寄りが多く、同じ4〜5才の子供は2、3人程度しかいなかった。その誰もがいつも都合が良いわけではなく、私は必然的に、花や虫、そしてトカゲなど、都会の中にほんの僅かに残された自然に触れて遊ぶようになっていた。そしてその日も、猫の額ほどの花壇で満開の花を咲かせたオシロイバナで遊んでいた。オシロイバナは面白い。黒く色づいた種を割れば文字どおりおしろいのような白い粉が出てくるし、花を摘み取って水の中で揉み潰せば、水がキレイな花の色に染まる。私は牛乳瓶を花瓶がわりにして、オシロイバナを部屋に持ち込もうと思い立ち、手ごろな長さで枝から手折った。そしてそのとき、父親から「鉄道博物館へ行くぞ」と声をかけられ、片手に父の手を、そしてもう片方の手にオシロイバナを握ったままアキバへ向かったのである。秋葉原駅を降り立ち、鉄道博物館へと向かう途中、父はあるショップへ立ち寄って当時まだ高価だった関数電卓を購入した。店内には様々な電子機器が並び、私は物珍しさからそれらに見入った。鉄道博物館よりも、むしろ最初に立ち寄ったショップのほうが、何か未来を感じさせて私の心をときめかせた。そして数時間後、帰りの電車の中で私はあることに気が付いた。手に握っていたはずのオシロイバナがないのである。電卓を購入したショップに入った時、私は確かにオシロイバナを握っていた。しかし、博物館に入ったときには、もう持っていなかった。「お店に置き忘れてきた・・・」私は父に、お店に戻りたいと頼んだ。しかし、たかがオシロイバナごときで引き返せるはずがない。「お店のおじさん、花瓶に入れてくれるかな」「いや、きっと捨てられちゃったんじゃないか?」父の答えは至極当然なものだった。横浜から秋葉原まで、子供が握り締めていたオシロイバナだ。店についた頃にはすっかり萎れて、もう花だかゴミだかわからなくなっていただろう。あの状態で花瓶に差したところで、無事でいられるはずがない。しかし、その返答は幼い私を大いに落胆させた。そしてベソをかく私を見た父は、ついつい構いたくなったのだろう。「今ごろお店のごみ箱の中で、お花はきっと泣いてるよ。喉がかわいたよ〜、お水がほしいよ〜、って。お花、かわいそうだねぇ」父はそう言って、私をからかった。あのとき、オシロイバナを手折らなければ・・・。いや、すぐに牛乳瓶に入れていれば・・・。せっかくキレイに咲いていたのに、僕のせいで・・・僕のせいであのオシロイバナは・・・。私はオシロイバナが水に飢え、次第に衰弱して死んでいく姿を想像し、電車の中で思いきり泣いてしまった。
 私のその日の記憶は、帰りの電車の中で大泣きしたのを最後に途絶えている。それ以前には、あのような悲しい思いになった記憶はない。きっと私は、あの日のことがトラウマになって、生物・非生物にかかわらず感情移入してしまう妙な精神構造になってしまったのではないかと思う。

 ・・・でも、大人になりきれていようがいまいが、何食わぬ顔で小動物を虐待するような輩よりは、遥かにマシだろうと思っている。いま、私はこうして二人の子供を育てているが、彼らにも多少大袈裟なくらいに動植物を愛する心を身につけてほしいと願わずにはいられない。青黒く縮んだ幼虫の死を無駄にしないために、私は亡骸を4才の娘に見せ「死」について考えさせようとした。「王子様にチュウしてもらうか、魔法使いのおばあさんに治してもらえばいいんだよ」と言う娘に、私は「それはお話の中でのことで、現実には一度死んでしまったものは二度と生き返ることはない。死んでしまったら、もう二度と会えないんだよ」と教えた。娘が死の意味を本当に理解できたとは思えないが、翌日、☆となった幼虫は娘の手によって「天国に行けますように」と埋葬されたのだった。私は、「むしのおはか」の前で手を合わせた娘のその気持を、いつまでも大事に持ち続けて欲しいと願った。


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